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2007年05月13日

伏見人形の「饅頭喰い」の事など

伏見人形の「饅頭喰い」の事など

この伏見人形は「饅頭喰い」といって、饅頭を半分に割って食べているこどもです。
昔からのお人形で、有名な伏見人形です。
裏は真っ白の素朴な人形の原型のような土人形です。

伏見は不思議な地で、伏見に住む人も以前は京都の町中を「京都へ行く」と言って
出かけてきました。
京都の文化圏と少しはずれる文化があります。

お稲荷さんは有名ですが、
私はお稲荷さんで、10年ほど前初めて稲荷信仰の本尊とも言える
石を見せていただいた事があります。
山岳信仰のなごりでしょうか?
遠くから信仰の対象として先祖が守り運んできたとの伝説が残ります。
その自然石は幅1メートルたらず、のもので、表面に尻尾が何本かのきつねが
月か太陽を振り返っている模様が浮き上がっていました。
どうみても自然な模様なのです。


お灯明があげられ、大切に伏見大社の左の社務所の奥に祭られていました。
稲荷というのが稲を担ぐ事で、山岳系の民が農耕系の人々と妥協、協力した
地名であると、梅原猛さんは説いています。
廃藩置県の頃、稲荷の自然信仰をあつめていた禰宜の住居がとりはらわれ
各々の禰宜の居宅に毎年参拝していた人々が行き場を失いその思いを
鳥居の寄進という形に変えたとの事です。
住居あとはバスプールになったそうです。

沖縄ででも、明治維新後明治4年ころに、ゆた、のろ、の巫女や禰宜(?)のシステムが廃止されいったんなくなったそうです。ゆたさんの信仰は今でも沖縄では根強く生きていますよね。

藤森神社と伏見稲荷の対立の歴史も地元では結構有名です。
キツネの信仰の底にあったのは、縄文の日本なのでしょうか?
それとも、琵琶湖、宇治川、淀川、という文化を運ぶ運河の運んだ渡来文化なのでしょうか?

6月の宇治で一番大きなお祭りは県祭りです。
奇祭とよばれる闇祭りですが、
氏子さんは河内・・・宇治川と淀川の向こうの方たちです。
新茶の摘み取りが終わる頃、このお祭りがあって、
ハーベストを祝います。
そして、蛍が出て、夏が来ます。
宇治で育った子供達がいつも待ちにまっていたお祭りです。

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Posted by 諏訪 幸子  at 22:51 │Comments(0)京都

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