2014年03月30日
さくら
さくらひと枝、エナメルガラスの花瓶、アンティークに入れました♪
京都の方では、家に桜の木があることは、あまりありませんでした。
敷地が、そう広くないので、虫や葉がご近所に・・・・
宇治の方はで家に植えてられるとこもあり、
家の窓からお相伴させていただいています。
南禅寺の方の実家の庭には
「春もみじ」の大きな木がありました。
春の赤い色の新芽をだすもみじで、
秋にはそう赤くきれいにはなりません。
「これが、ええのんや」と祖父が
教えてくれました。
奥の隣とのあいだには桃の木がありました。
これも、昔からの庭の作法だったようです。
時代の隙間で戦乱などのあったとき、
ビタミン補給だったのでしょう。
中世の町屋の絵でも
おもての床几に裏庭のモモを実を置いて
うっている洛中図があります。
花に嵐のたとえもあるさ、
さよならだけが人生だ・・・と
いまさらですが、祖父も祖母も父も母も送って
数年たちました。
京都の方では、家に桜の木があることは、あまりありませんでした。
敷地が、そう広くないので、虫や葉がご近所に・・・・
宇治の方はで家に植えてられるとこもあり、
家の窓からお相伴させていただいています。
南禅寺の方の実家の庭には
「春もみじ」の大きな木がありました。
春の赤い色の新芽をだすもみじで、
秋にはそう赤くきれいにはなりません。
「これが、ええのんや」と祖父が
教えてくれました。
奥の隣とのあいだには桃の木がありました。
これも、昔からの庭の作法だったようです。
時代の隙間で戦乱などのあったとき、
ビタミン補給だったのでしょう。
中世の町屋の絵でも
おもての床几に裏庭のモモを実を置いて
うっている洛中図があります。
花に嵐のたとえもあるさ、
さよならだけが人生だ・・・と
いまさらですが、祖父も祖母も父も母も送って
数年たちました。